別府温泉観光を作った人物!油屋熊八はあんなことまでやっていた!?全てご紹介します🍂

油屋熊八の生涯 おおいた情報

大分県別府市にある、別府温泉を知っていますか?

今や全国的にも名高い温泉街別府には、たくさんの観光客が毎年訪れます🍂

全国の温泉の性質が全てあると言われ、訪れた人を温泉や旅館で癒し続けている別府温泉🍂

そこには『油屋熊八』という忘れてはならない存在がありました🍂

今回は、そんな油屋さんの偉業をご紹介します!!

油屋熊八って??

油屋熊八とは、『亀の井旅館』の創業者です🍂

現在では、亀の井ホテルやAZホテルとして全国でも利用者が多い安くて朝食付きが売りのホテルをつくった実業家なんです🍂

油屋熊八は1863年8月29日、伊予国宇和島城下・現在の愛媛県宇和島市で生まれました🍂

実家は、油と米を商う伊達藩の御用商人の一族で、裕福な家庭の長男として育ちました🍂

油屋熊八の生涯

藩校を卒業したのちは、家業のお米問屋で働きました。思いお米を持ちすぎて、右手だけ大きくなったという逸話もあるほど熱心でした🍂

23歳で熊八は、これまた宇和島の名家の娘であったユキという女性と結婚しました🍂

明治22年(1889年)に町制が施行されて宇和島町が誕生しましたし、27歳だった熊八は、宇和島町の第1期町会議員に当選し、町の新聞を作ったり町の為に大変尽くされたそうです🍂

お米の売買についても学び続け、信頼・実績共に自他認める存在にありました🍂

熊八の苦難・・・

22歳の頃、熊八はお米の視察で朝鮮半島に渡りました🍂

その時、日本と日清の異様な雰囲気があり、戦争が起こることを予感します・・・

日清戦争が起きる前に、明治24年(1891年)・30歳になった熊八は大阪に渡りました🍂

大阪・堂島にて相場師になると、日清戦争が勃発・・・

お米の先物買いが行われ、米相場で大成功をし大金を手にしました!!当時には油屋将軍と言われるほどの富を手にしていました🍂

現在のお金に換算すると数十億もの資産を手にしていたんですよ!!

外国製の自転車を所有するなど、暮らしは豊さそのものでした🍂

ところが熊八は日清戦争終結後、経済大変動により全財産を失ってしまったんです・・・

別府へ

別府市の夜景
別府市の夜景(提供元:おおいたツーリズム)

35歳の頃全財産を失った熊八は、妻を別府に住む亀井タマエという愛人のもとに預けます🍂

そこで、熊八は船に乗り込みアメリカへと渡ったんです!!!

3等級の切符で乗ったという話や、お金がないために臭くて暑い船底に潜り込んでアメリカに渡った問逸話もあり、とにかくアメリカに行かねばならなかった熊八の思いが伝わります・・・

アメリカで3年ほど暮らしているうちに、熊八はサンフランシスコにて日系アメリカ人牧師と出会いました🍂

人生で初めてキリスト教を知り、なんでもひとつことを熱心に取り組む熊八は、その後アメリカの教会で洗礼を受けました🍂

カナダ、メキシコまでも足を運び日本とは全く違う近代的な文化に大いなる刺激を受けました🍂

そこで、熊八の目についた言葉がありました・・・

新約聖書「ヘブル人への書」第13章2節「Remember to welcome strangers in your home there were some who did that and welcome angeis without knowung it.」

訳すると「旅人の接待を忘れるな、或人はこれに由り、知らずして御使を舎したり」つまり、旅人をもてなすことを忘れてはいけないという意味の言葉でした🍂

明治44年(1911年)に妻を頼って別府へと向かいます・・・

そこで、熊八は亀の井旅館を創業したのでした!!!

熊八・亀の井旅館のおもてなし

聖書に基づき、熊八は疲れた旅人を癒す場所を作り、旅人を癒す決意をしたのです🍂

熊八は、大阪から腕の良い職人をスカウトし、美味しい料理を提供しました🍂

そして最高級の布団とマクラを用意し、心も身体も休まる場所をつくりあげたのです・・・

海地獄のフォト
別府海地獄Ⓒおおいたツーリズム

熊八は、高級な外国製自家用車を購入し、旅館に泊まったお客さんを観光に連れて行きました🍂

これが、好評で評判を聞きつけたお客さんが全国から泊まりに来るようになったのです!!!

熊八は、これでは間に合わないと観光バスを用意し、たくさんのお客さんを観光に連れていきました🍂

他にも現在の宿泊施設では当たり前のようになっている、お客様アンケートも率先して実施ししていたんですね!!

旅館に投書箱を設置して「従業員の接客はどうでしたか?」「料理はどうでしたか?」など、4つの項目を宿泊者に聞き、徹底したおもてなしを目指しました🍂

各国の国旗を用意し、5人以上の外国人宿泊客が訪れた際には、大きな国旗を掲げてお出迎えをし、ロビーで歓迎のダンスパーティーをするなどのおもてなしで喜ばせていました🍂

宿泊客がなにかあった時のために、看護婦を在中させていたので安心して宿泊できることができたんですね🍂

ただ熊八はお酒が大嫌いで、亀の井旅館は飲酒がNG・・・

森永製菓の社長とも言いあいになるほど、お客さんと揉めることも多々あったそうですが・・・

別府観光の先駆け

地獄観光を広げていった熊八ですが、全国への地名度はまだまだ・・・

そこで、「山は富士 海は瀬戸内 湯は別府」というキャッチフレーズを考案し、それを書いた標柱をなんと!!富士山の山頂付近に設置したのです!!!

標柱のそばで熊八は、登山客にセールスを行います!!その標柱は、全国各地に配置され、少しずつ別府の名が知られていきました🍂

そして、全国各地に別府を知らせたかった熊八に、救世主が現れます・・・

大正9年・・・昭和天皇の巡幸

大正9年の11月に当時また皇太子様であった昭和天皇が別府を訪れました🍂

別府の「不老泉」などを巡られた昭和天皇の影響で一気に全国への知名度が広がり温泉郷として知られていったのでした・・・

その後、婚約をした昭和天皇はもう1度別府を訪れ、地獄を巡られたほど別府を気に入られたほど、温泉の性質や観光が凄かったんです🍂

熊八は、別府だけに留まらず「車主流の時代が来る・・・」と予測して、亀の井旅館から、地獄観光への道を観光ルートとして整備したのも熊八さんで、そこから、湯布院までルートをなんと25kmも整備したそうです🍂

そして、旅館に訪れた富豪や政治関係者を別府奥座敷として湯布院に連れて行っていたそうです🍂

「古き良き日本でくつろいでもらいたい」という熊八の心遣いでした🍂

今の湯布院は、観光客であふれかえるほどの人気スポットですが、熊八が先駆けだったとは知りませんでした・・・

そして、久住連山までのルートも整備し、別府~熊本へ繋がるやまなみハイウェイを繋げました🍂

登山も楽しんで欲しいと、長者原にホテルも建設した熊八でしたが、久住連山の知名度は全くない時代・・・

そこで、熊八は与謝野明子夫妻を大分に招待します!!!

万全の準備をして、久住連山へ連れていき、歌を詠んでもらいました🍂

歌碑をすぐに立て、久住連山の名は瞬く間に広がったのでした🍂

その歌碑は、現在スカイパークあざみ台に設置してあります!!

名を広める努力・・・

宣伝の費用などは、当時のルールから経費では落とされず全て熊八が借金をしながらやっていたといいます・・・

別府などの温泉を案内したのは、与謝野明子夫妻だけではありません🍂

小説家で知られる田山花袋を別府に招いたそうで、田山氏が出版している紀行文には別府のことを別格扱いにかいてあるそうです🍂

御沓重徳や、北原白秋も温泉地を案内していました🍂

亀の井旅館開業~現在

1911年・・・別府市に亀の井旅館を創業

1921年・・・由布院金鱗湖畔に草庵を建設(現在の亀の井別荘)

1924年・・・亀の井旅館を洋式ホテル亀の井ホテルへ

「山は富士・海は瀬戸内・湯は別府」キャッチフレーズを考案し、この言葉を書いた標柱を富士山付近に設置し、そこから全国各地にこの言葉を建てていきしました🍂

1925年には車が普及していくことを先読みし、現在のやまなみハイウェイ、九州横断道路を開通しました🍂

別府から雲仙までの観光道路を提言して、やまなみハイウェイがある長者原にホテルを建設しました🍂

1926年・・・別府に温泉保養施設とスポーツをコラボした新しいリゾートスポット、「別府ゴルフリンクス」を建設します🍂

1928年・・・亀の井自動車(現在の亀の井バス)を設立し、日本初の女性バスガイド(玖珠町在住者)が誕生し、日本で初めて観光案内バスが走りました🍂

熊八が残したもの・・・

熊八の像
油屋熊八の像(提供元:おおいたツーリズム)

現在、熊八の像が別府駅に設置してあります!!

大分みらい信用金庫が創立80周年を記念して寄贈されました!

制作したのは、彫刻家の辻畑隆子さんです🍂

満面の笑顔で、両手を挙げ天国から舞い戻った熊八像です🍂

奇抜な発想を持っていた熊八に直立は似合わない・・・不況の世に生きていれば「やぁ、みなさんどうしましたか」と明るい姿でやってくるんじゃないか!!

という、辻畑さんの愛情と思いのこもった像は見てるだけで、こちらも笑顔になります🍂

マントには、小さな鬼さんもくっついています!!隠れ鬼さんも発見してくださいね🍂

熊八はこども好きで、久留島武彦の影響を受け『お伽倶楽部』を結成🍂

こども達に童謡や歌を聴かせていました!!

クリスマスに水上飛行機からサンタクロースが降りてくるイベントをするなど、ピカピカのおじさんと呼ばれ、こども達にも愛された熊八さんらしい銅像になっていますね🍂

口癖は「生きてるだけで丸儲け」

どんな環境でも生きていること自体に感謝を忘れなかった精神にも頭が上がりません・・・!

油屋熊八をモデルにした作品もたくさん残されています🍂

小説「別府華ホテル 観光王と娘の夢」「万事オーライ 別府温泉を日本一にした男」

舞台「別府温泉狂騒曲 喜劇 地獄めぐり~生きてるだけで丸もうけ~」こちらは、演出がラサール石井さん、出演が中村勘九郎で、面白おかしく演出されています🍂

ドラマ「油屋熊八伝~100年前、別府を世界に売り出した男~」熊八訳にtkoの木下さんが出演されています🍂

まとめ

いかがでしたか?

今や全国、いや世界に知れ渡る別府温泉!!!

温泉の質が良いからだけではなく、別府という名を人生かけて広めていった油屋熊八という人物を是非心のどこかに覚えていてください🍂

人々を癒し続けた別府を作った熊八さん、今頃天国でのんびり温泉にでも浸かっているでしょうか?

わたしは、亀の井ホテルを小さく頃からよく宿泊していました!!

なぜか無性に落ち着くんですよね・・・🍂

熊八さんの存在を全く知らずに泊まっていたのですが、温かい雰囲気の亀の井ホテル(AZホテル)・・・そこには、熊八の愛情に包まれているからだと納得しました🍂

大分で心も身体もあたたかく!!totonowaでした!!

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